「ユーモアでクラスの心理的安全性を高める」ストーリー

馬締正(まじめ ただし:仮名)は都内の区立小学校に勤務する教員だ。採用試験に合格し、意気揚々と教員になって早5年。仕事もある程度こなせるようになり、新任教員の指導係としても信頼を寄せていた。現在は4年生を担当している。

そんな彼は、今年の4月から、初任校にいられる最後の1年と奮起し、あることに取り組もうと決意した。それは、「児童の前で1日に10回笑いを取ること」だ。というのも、馬締の唯一の欠点が、生真面目な性格であるがゆえに、児童とのコミュニケーションがうまく取れなくなることだったからだ。

教員からの信頼がどんなに厚くても、本人の中では、子どもと仲良くなりきれていないことや、笑顔にしきれていないことが問題だと思っていた。確かに馬締の学級は規律正しい。成績や素行が著しく悪い児童もいない。しかし、彼が「それではダメだ」と思ったのには、一つの出来事があった。

聞こえてしまった保護者の声


それは、ある日の授業参観で起きた。馬締が廊下を歩いていた時に、児童の保護者2名が感想を言っていたのが聞こえてしまったのだ。

「言うことは聞くし、真面目に授業に取り組むけど、子どもたちの目が死んでたね」
「先生に怒られるのが怖くて、言うことを仕方なく聞いてる感じがした」
「保護者のこっちが立ち寝してしまうぐらい退屈で、子どもがちょっと可哀想だったな」

馬締にはショッキングすぎる内容だった。元来、生真面目な性格で、教育に笑いなど不要だと信じて疑わなかった馬締からすれば、「笑いのない授業」こそが美徳であり、それが周囲からも受け入れられるものだと思っていたからだ。

クラスに笑いを

かといって、別に笑いが嫌いなわけでもない。むしろ彼は、バラエティ番組を録画したり、スマホのアプリで追っかけ視聴したりするほどのお笑い好きだ。ただ、それはプライベートな一面であり、児童にその姿を見せることが、何かしらの悪影響を与えるかもしれないという不安を抱いていて、あえて隠していた部分がある。

「自分が教員として成長するためには、児童と笑いを使ってより良いコミュニケーションが取れることが必要かもしれない」

そう感じた馬締は、まず、教育と笑いに関する様々な本を読み漁った。怪しげな「ユーモア教室」なるものに参加したりもした。「こうすれば100%笑いが取れる!」という謳い文句の授業ネタ集を書店で見れば、すぐに買ってマーカーを引いた。

満を持して笑いのチャレンジ

6月、馬締は満を持して、沢山のネタを仕入れて授業に臨んだ。しかし、一つもウケない。それどころか児童はポカンとしている。

「なぜだ!?100%ウケると本に書いてあったぞ!」

馬締は戸惑いながら思った。しかし、一度準備した指導計画を変えられる余裕もなかった。計画は最後までやることが彼のルーティンだったからだ。結局、児童はその日、クスリと笑うこともなかった。馬締はただ、空回りした姿を見られただけだった。

放課後、学級委員長を務める男子児童から「今日の先生、なんか変でしたよ」と真顔で声をかけられた。こういう時に、照れることも失敗をオープンにすることもせず、深刻に反省してしまうのも馬締の悪い癖だった。彼はただ無言で、児童のもとを去ることしかできなかった。

小さな頃から優等生で、順風満帆にキャリアを重ねてきた馬締が、これほど大きな挫折を味わったことはなかった。今まで辞めたいとは一度も思わなかったが、この日を境に、教員として自信を失ってしまった。

YouTube チャンネルとの出会い

そんな中、馬締は、あるYouTubeチャンネルと出会った。「オシエルズチャンネル」だ。インプロとユーモア・スキルを応用し企業や教育に活かす一般社団法人 日本即興コメディ協会の代表理事と部長を務め、現役の大学教員としても活動するお笑いコンビ「オシエルズ」が中心となって運営するYouTubeチャンネルである。

「オシエルズチャンネル」の主な視聴者層は、笑いのテクニックやユーモア・スキル(人を笑わせる能力)に関心がある教員やビジネスマンである。その動画の数々は、これまで馬締が抱いていた「笑い観」とは全く異なっていた。

オシエルズチャンネル

笑いは雰囲気づくりから

笑いには、まず聞き手を笑わせるための雰囲気づくりが重要であること。相手に笑ってもらいたければ、まず笑える空気を用意すること。そのためには、自分が失敗をオープンにし、愛されるキャラクターであること。

準備はしても、その場にいる聞き手の状況を見て内容を柔軟に変えること。今に集中し、聞き手が何を求めているかを判断すること。時には相手に発問したり、言葉を投げかけたりして感情を共有し、場のチューニングをすること。

オシエルズチャンネルでは毎日1本以上の動画が更新されており、長さも2分足らずで観られるものもあれば、講義的な長いものもあった。馬締が休みの日に見漁っても、終わらないほどのコンテンツ量だった。しかし逆に言えば、笑いはそれほど奥深く、様々なことを考えなければ有効に使うことはできないのだろう、と彼は思った。

その中でふと、なぜあの時に「100%ウケるネタ」が児童にウケなかったのかを振り返った。「あの時の私は、授業だけで笑いが取れれば良いと思っていた。しかし、普段から生真面目で、授業以外のやりとりは厳しい態度で接していた自分が、急にボケ出してウケるはずがなかったのだ。私は笑いやすい雰囲気づくりを、まったく怠っていたのだ!」

クラスに心理的安全性を

心理的安全性とは、今や学校やビジネスシーンでもよく耳にする言葉だが、まさに「笑いやすい雰囲気」も心理的安全性の一つといえよう。その醸成をせず小手先のテクニックに走っても、全く無意味であることを馬締は自覚した。

「このチャンネルの動画を観れば、自分も変われるかもしれない」

馬締は心からそう思った。まず日頃の児童の接し方を見直し、自分の不完全さや失敗する姿も、児童に少しずつオープンにできるよう頑張ろうと決意した。

「生真面目で大人からの評価が高い先生」が、ここから「ユーモアに理解のある子どもに人気の先生」に変貌を遂げるターニングポイントとなったのである。


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