• このエントリーをはてなブックマークに追加

「相手も楽しんでいた」は許されない、なぜコメディの団体が「いじめ」の問題に取り組むのか?

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

教師のいじめやお笑い芸人さんのパワハラが話題となることがありました。

そこで、今回は、コメディの協会である我々が、なぜ「いじめ」の問題に取り組んでいるのか?についてお伝えしたいと思います。

「相手も楽しんでいた」では許されない

皆さんは、いじめやハラスメントになるからと言ってコミュニケーションを諦めていませんか?

今、教育現場や職場、お笑いの世界でいわゆる「いじめ」や「ハラスメント」の問題が話題になっています。「笑い」には「いじり」と「いじめ」という両義性があり、使い方を間違えれば笑いは、潤滑油にも凶器になります。

日本即興コメディ協会では、この問題を重要な課題として年間80回以上の学校での講演活動やユーモア・スキルやインプロを応用した、企業向け心理的安全性トレーニングなどを通して取り組んでいます。

笑いといじめに関して、よく耳にする言葉に「相手も楽しんでいた」的なことがよくあります。「いじられキャラ」に対し、「いじりキャラ」がよく使う言い訳です。ハラスメントでも同じなのですが、これを WIN-WIN で成り立たせるのはよほどの関係性が成立している場合においてです。もしくは、それを成り立たせる何か(先輩後輩、上司部下、立場の上下など)が、我慢できる範囲で働いているときです。

前者の場合、芸人さんが平場で行うフリートークなどで行ういじりはこの部類で、人によっては「テレビ番組がいじめを助長している」となります。しかし、いじられている側も笑いが取れてオイシイので、実はこの2者間の関係は良好です。

後者はどうでしょうか?いじり、いじられ、の関係が先輩後輩など超えられない壁で成り立っている場合は、いじられている側がオイシイとは思っていない場合が多いので、いつかは崩壊しますし、今の時代では即、パワハラとなりかねません。また、この問題の厄介なところは、いじる側が「相手も楽しんでいた、かわいがっていたのに…」という自己中心的な悪意のなさが存在しているからです。

つまり、「何を言ったらいじめなのか」ということではなく、「誰が誰に対して、何を言ったらいじめなのか」ということです。言われた本人が「いじめ」であると感じたら「いじめ」だし、「ハラスメント」であると感じたら「ハラスメント」です。

即興コメディの現場でも発生する自己中心的な勘違いと心理的安全性

即興コメディ(インプロ)がよく勘違いされることに、このようなことが多くあります。「インプロやっている割には、即興力がないね?」とか、「◯◯にふってやったのに返しがおもしろくない」など、即興を非常に狭い範囲で自己中心的に捉え、理解しようとしない方々が一定層います。

日本即興コメディ協会で考える笑いや即興は、心理的安全性の上に成り立つものだと考えています。いじられる側がどのようにいじりをかわすか、はもちろんのこと、いじる側にいかにその行為が危険性をはらんでいて、いつでも「いじめ」や「ハラスメント」につながるかをワークで体験的に理解してもらうということを実施しています。

また、ユーモア・スキル養成講座では、笑いは「フル」側に100%の責任があり、フラれる側をオイシくする必要があると伝えています。フル側が常に責任を持っていれば、フラれる側はいつでも心理的安全性を感じてチャレンジできます。

まとめ: コミュニケーションすることのリスクとなくなるリスク

現在、様々な識者がいじり的なコミュニケーションについて反対的な立場を表明し、多くの方が賛同しています。当協会でももちろん「いじめ」や「ハラスメント」を根絶したいと考えています。しかし、ルールやコンプライアンスを厳格化することは、コミュニケーションすること自体がリスクとなり、コミュニケーションを極力しない、問題や差別の潜在化や陰湿化という方向に向かうことになり、これはこれで問題です。

教育現場や企業、そしてお笑いの現場が、この問題に向き合いコミュニケーションを重ねることで解決の方向を考えていかなければなりません。

当協会は自戒の意味も含め、今後もこの問題に真摯に取り組んで行きたいと思います。


当協会のどなたでも気軽にご参加いただけるオープン講座、ユーモア・スキルや心理的安全性トレーニングの詳細は、こちらを御覧ください。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加